河原町丸太町から鴨川のほうへ歩くとレトロな建物がある。
現在は、レストランとして使われているが、
もともとは京都中央電話局上分局の庁舎として使われていた。
大正12年、逓信省技師・吉田鉄郎が設計し、清水組の施工により建築。
大正13年、営業を開始。
昭和34年、廃局。
その後、他の用途にも活用される。
昭和57年、構造補強が行われる。
現在でも、外観は当時の姿をよく残しており、
昭和59年6月1日、京都市登録有形文化財に登録された。
があった。
明治5年、我が国初の女学校として、京都市が創設。
上層市民の子女が78名集まり、裁縫・手芸・習字や英語を学んだ。
明治37年に京都府立第一高等女学校と改称。
その後昭和23年には、京都府立鴨沂高校となった。
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