清荒神 ・・・火の守護神
護浄院。常施無畏寺と号し、天台宗の寺。通称は清荒神(きよしこうじん)。
本尊の清三宝大荒神は千二百余年前、光仁天皇の皇子、開成親王の作といわれ、摂津の国にあったのを後小松天皇の勅により僧乗厳が醒ヶ井高辻の地に
勧請し、初めて清荒神といわれた。
その後、慶長五年(1600年)現在の地に移され、後陽成天皇御自作の如来荒神尊七体をあわせ祀って長日の御祈願を行い、元禄十年護
浄院の院号を賜り今日に至る。
また、一般の家庭では、かまどの上に祀られ火の守護神とされる。
尊天堂内に安置される福徳恵美寿神はもと禁裏に奉安せられていたが、明治維新に際しここに移され、京都七福神の一に数えられ、世に尊信が高い。
なお、荒神町の地名はここより起こったものという。
清荒神の住職は、天台宗僧職の偉い人である。
偉い人といっても具体的な役職名はよくわからない。わからないが、「確かな偉さ」というのは言葉にならずとも伝わってくる。
どうしても確認したい人は、直接訪れて聞いてみるのが良いだろう。住職はその偉さとウラハラにとてもフレンドリーに旅人の質問に答えてくれるはずだ。
以前、住職の写真を取らせてもらったことがある。夜間にも関わらず、住職の背中からオレンジ色のぼやけが映りこんでおり、それを見た私達は「ああ、これがいわゆる後光か」とため息をついたものである。
後に、ただ撮影場所が暗かったため手振れの影響でそのような映り方をしたことが判明するのだが、普通、マズ最初にそちらの可能性を考えるはずだ。
にもかかわらず、私達はそれを後光だと信じて疑わなかった。それが「言葉にならない偉さ」なのである。
理由などいらないのである。コカコーラがノーリーズンであるように、清荒神の住職もノーリーズンに徳が高いのだ。
フィルムに映りこむほどに。
今回サイトを作成するにあたり、一枚取らせてもらったが、残念ながら後光は映りこんでいなかった
。これを仏の啓示と理解した我々は写真の掲載を差し控えることにした。
もしあなたが清荒神を訪れるなら、カメラを忘れないように気をつけるべきだ。
| 清荒神 |
あくせす |

本堂には「清荒神」の看板が。地元民には「こうじんさん」と呼ばれ親しまれている。京都の一般家庭で、清荒神の護符が貼られていることは少なくない。
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河原町丸太町を北上、荒神口交差点を西へ30秒!
南側に見えるのが護浄院だ! |
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清荒神 護浄院 |
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京・寺町通荒神口東入る |
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075-231-3683 |
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