御所東霊場徹底後略!

霊麀山 行願寺
(れいゆうざん ぎょうがんじ)


由緒正しき霊場の一つ。
ここをはずして西国三十三ヶ所めぐりをコンプリートすることはできない。
本文へジャンプ 札所の看板
取材ライターコラム
  • 私達は何かとモノや情報を集めてそろえるのがスキである。
  • モノや情報を集め「全部そろえた」状態を「コンプリート」するという。このコンプリートの喜びはマーケティングの対象になって久しい。
  • 例えばコンビニで既に市民権を得た感のある食玩がそうだろう。あるいは、一昔前のビックリマンシールを思い出してもよい。電鉄会社がしばしば企画している駅ウォーキングもそうだろう。誰しも何か一つはそういう行為にハマったことがあるのではないだろうか。
  • 革堂がその十九番目の名を並べる西国三十三ヶ所めぐりというのもそのような喜びを満たすものとしてあるに違いない。坂東三十三ヶ所、秩父三十四箇所めぐりもそうだろう。いっそ全部揃えて百ヶ所めぐってしまえ、というのも大胆な発想でとてもよい。
  • 昨今はオタクブームとかいって、ナントカ総研系の企業でさえ真剣にオタクをマーケティングする時代である。収集といえば一昔前なら、あるいはネガティブな意味で捉えられたかもしれないが、時代は「収集」趣向者に追い風をもたらしている。
  • これまで二の足を踏んでいた寺社を愛する方々は、この期に一度、霊場をめぐってみてはどうだろうか。百ヶ所めぐるのに抵抗があるという方は、まずは、この革堂を訪れてみてほしい。きっと残りの九十九ヵ所もコンプリートしたくなるはずだ。             【タニス】

堂  ・・・旅をする寺、愛される寺


革堂の歴史・・・、それは民に愛され親しまれた歴史でもあり、同時に、悲運と流浪の歴史でもあった。

史とアイテム

西国三十三ヶ所観音霊場の第十九番目の札所。
(※西国三十三ヶ所についてはマ・メ・チ・シ・キの項参照)

寛弘元年(1004年)行円上人によって一条小川に創建、上人が常に革の衣をまとい人々から革聖と呼ばれたところから、革堂とよばれる。町堂として栄えるも、度々の火災で寺地を転々とし、宝永五年(1708年)の大火の後、現在地に移された。

現在の本道は、文化十二年(1815年)に建てられたもので、堂内には行円上人作と伝える本尊千手観音像を安置している。

寿老人新堂をはじめ、愛染堂、鎮宅霊符神堂、加茂明神塔などがある。また、宝物館には、若い女性の幽霊が描かれている幽霊絵馬が展示されている。

・メ・チ・シ・キ

西国三十三箇所(さいごくさんじゅうさんかしょ)とは何か。

和歌山県・奈良県・京都府・大阪府・兵庫県・滋賀県・岐阜県にかけてある33か所の観音霊場のこと。三十三所を巡る巡礼コンプリート旅行の札所である。


西国三十三所巡礼は、伝承によると、718年、長谷寺の開基、徳道上人によって始められ、その後一時廃れるが、998年花山法皇によって復興されたとされている。

時代によって寺の出入りがあるものの、江戸時代に場所、順位が固定した。にのち坂東三十三所、秩父三十四所が成立し、百か所観音ができあがる。

革堂   あくせす
本堂
苦難も栄光もその身に刻んできた本堂。
威風堂々としたたたずまいに圧倒されるのもいいだろう。
所蔵のアイテム群も見逃せない。
是非一度足を運んでその目で観てほしい。
丸太町 寺町通りを南下、5分ほどで左手側に見えるよ!

 

革堂行願寺

京・中京区寺町通丸太町下る

075-211-2770


 


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