鴨川を四条や三条から北に上がって、丸太町を越えた辺りに行くと、
鴨川のほとり・左手に1軒だけ昔を感じさせる家が建っている。
茅葺のこの家こそが、山紫水明処である。



山紫水明処とは・・・


時代は幕末。ここは儒学者・頼山陽(らいさんよう)の書斎であった。
そして、その晩年の文政11年(1828年)に建てられたそうだ。

一見、茅葺の粗末な家のように見えるが、
ガラスなどは高価な材料を用い、
凝った意匠や川沿いの自然を巧みに取り入れた構造など、
山陽の好みをよく反映しているといえる。

現在では、幕末の文人の生活を知る貴重な文化財として、
国の史跡に登録されている。



名前の由来・・・


ところで、どうして「山紫水明処」という名前がついたのか、
疑問に思う人もいるだろう。

ここで、紹介しよう。
ぜひ、景色・様子を想像しながら、読んでください。

時は、夕刻。そろそろ日も暮れるころ。
東山や鴨川に真っ赤な夕日の光が当たる。

すると、
山は、自らの持つ緑と夕日の赤が見事に調和し、紫になる。
川は、夕日の光を受け、明るくきらきら輝く。

つまり、山紫水明とは、
「山が紫になり、水は明るくなるところ」ということから付けられたそうだ。


おまけ・・・


山紫水明に入館するには、事前に予約が必要。
予約のない日に行っても入れません。

8月・12〜3月はお休み

私が、たまたま通りかかると、屋根の葺き替えをしていた。
そのときの写真を載せておきます。→→→

 

山紫水明処(財 頼山陽旧跡保存会)

京・上京区東三本木通丸太町上る

075-561-0764

 

御所東のみどころトップへ

山紫水明処のタイトル
山紫水明処の入口
屋根の葺き替え 





 

 

 

 

 

 

 

 

鴨川から見た山紫水明処